ラスベガスの湿度が異常に低いということはものすごく有名なことだ。放っておくと手や顔がガサガサになってしまうらしい。だからわざわざ昼用の保湿液と、いつもよりちょいと高めのハンドクリームを購入したのだ。実際、もおおおんのすんごく空気は乾燥していた。けれどもそれに一番ヤラれたのは、しっかり対策をとったはずの皮膚ではなく、いわば全くノーガードだった目と鼻だ。時差ボケで眠たくて眠たくてどうしようもなく閉じそうになる目を、軽く指で押さえただけで、目潰しされたかのような激痛が走る。一歩外に出ると、急速に鼻の穴の粘膜がからからに乾いていき、ぞもぞもして仕方がない。私も母も気がつけばぼりぼりぼりぼり鼻をほじっていた。
こうした気候の違いに戸惑うことも、日常からの逸脱の一つかも知れない。
私と母は普段愛知県と神奈川県とで離れて暮らしている。私は旅行の直前にしか帰省出来なかったので、現地で何をしたいか、事前に話し合うことがほとんど出来なかった。それどころかラスベガスは乾燥していることとカジノだらけだということ以外、ほとんど何の予備知識もないくせに、二人して下調べを全くしていなかったのだ。ガイドブックこそ買ったものの、開かずに放置。私はアメリカ初上陸で、母は海外旅行自体初めてだというのに。それもこれも、自分達で決めた旅行ではなかったからだろうと思う。自分達で旅行先も決め費用を出し日程を組んでいたら、もっと念入りに計画を立てたはずだ。何もかも受身な旅だっただけに、元を取れるよう目いっぱい遊び倒さなくては、というような切羽詰った気合がなく、とにかく行っちゃえ〜って感じで無計画のまま飛び出せた。私も母も人よりケチな体質なので、こんなに肩の力が抜けた旅はなかなか出来ないだろう。いつもだったら、あらかじめ観光する場所を絞り込んでおき、歩けるはずのない距離を歩く予定を立て、実際に歩いて死にそうになり、帰ってきてからも「あれを買えばよかった、あそこも見ておけばよかった」と後悔ばかりする。これではデパートのバーゲンへ行くのと対して変わらない。気になるところだけ立ち寄り、欲しくなったものだけ買い、見たいものだけ見る。そうした余裕のある行動の中でこそ、きっと日常とは違う風景に感動し、日々を忘れリフレッシュ出来るのだ。なんせ行く先は完全なる人工都市ラスベガス。砂漠のど真ん中に鎮座する、ただひたすら欲望を満たすだけの大人の街だ。ちまちま予定をたてて、ガイドブックをちら見しながらする旅では寂しい。
ホテルには昼過ぎに到着した。私達が宿泊したのは「WYNN
LAS VEGAS(ウィン・ラスベガス)」という、2005年4月にオープンしたばかりの、なんと世界で最もコストがかかっているとされるホテル。場所はストリップ(いわゆるテレビや映画で見かける、これぞラスベガスって感じの大通り)に面していて、ストリップの中心となるフォーコーナーという交差点よりやや北寄りに位置する。
それにしてもさすが世界一。正面玄関からストリップに出るだけでも数分を要するほどの広大さに、驚きを通り越して笑ってしまった。カジノ内のインテリアやスタッフのユニフォームも他のホテルと比べて格段にゴージャスだし、ショッピング街はどこに入っても三十秒で飛び出したくなるような一流ブランド店ばかり。しかも、ところどころに掛けられた時計は全てロレックス! プールはもちろん、ゴルフ場もあり。私達の部屋は28階で、ストリップとは反対側だったものの、 絶叫マシンで有名な「STRATOSPHERE
HOTEL &
CASINO(ストラトスフィア)」のタワーがよく見え景色は申し分なかった。その上、部屋は全室スイート。もちろん母も私もスイートルームに宿泊したことなど人生初だ。そうでなくてもこんな超豪華ホテルに泊まれるとは、正直思っていなかった。
ストリップを歩く時より、ホテルにいる時のほうが地図を必要とするほど広く、いろいろなものが入り組んでいて、何もかもが華やかで高級で、他の宿泊客たちはすごくラフな格好だけどゴージャスな雰囲気に妙にマッチしていて、従業員はみんな恐縮するほど親切。今までのセコセコした生活のことを考えると、そこに自分が立っていることが不思議だった。
さて、昼食をとっていなかったので腹が減っていた私達は、荷物を部屋に置くとすぐに外へ飛び出した。最初の目的地「BELLAGIO(ベラッジオ)」は、「WYNN
LAS VEGAS」が完成する前までの、世界で最もコストがかかっているとされていたホテルだ。噴水ショーが大変有名で、バフェはラスベガスで最も人気を集めているらしい。ランチタイムは終わっていたので、夕暮れの日差しの中で噴水ショーを見て時間を潰してから、食事をしようということになった。
まずはタクシーに乗る。ホテルのタクシー乗り場の列に並び、しばらく待って一番先頭までくると、黒人のホテルマンがものすごい笑顔で何やら話しかけてきた。何を言われてるのかさっぱりわからない。私は英語圏の国へ旅行するのは初めてだし、今までまともに英会話を習ったこともないけど、何となく、ある程度のリスニングは出来るだろうと思っていた。全くもって根拠のない自信。混乱し慌てた挙句、「イエー、イエー」と答えた。わからないときはイエスと言っていればいいのだ。何となく格好つけて、映画の登場人物みたいにイエスをイエーと言ってしまう自分がちょっとおかしい。しかしホテルマンは全く同じ言葉をもう一度投げかけてくる。逆光で、ほとんど表情が読み取れないその黒い顔の、眉間にシワが寄っている気がするようなしないような。笑顔だけど、はっ、いらついている? 怖い。でも何となく「WHEREなんとかかんとか」って聞こえたようなそうでもないような。母が私の服の袖をひっぱりながら「ベラッジオ? ベラッジオ?」と小声で呟く。行き先を聞かれているのか。
つーか、わかったなら自分で答えてくれればいいのに、母の奴! まあ仕方がない。母はチェックインからここまで、「イエス」を「イエー」どころか「はい」と言ってしまい、それ以上応用が効かないようで、カードキーが上手く使えなくて困った時も、ホテルの従業員(もちろん英語しかしゃべらない)に、「鍵が開きません」と堂々と言ってしまう人なのだった。少しは英語をしゃべろうとする努力を見せろ。
まあ、そんなだからホテルマンに行き先を告げられなくとも無理はない。「ホテル・ベラッジオ」と私は丁寧にホテルという単語までつけて何とか返事した。ところが、自分の出した声は情けないことにあまりに小さく(「ホテ…べラ…ジオ」って感じ)、ホテルマンは表情を固まらせて「ワッ?」。…私は思わず叫んだ、「ベラッジオです!」と。ああ、これでは私も母と変わらない。やがてセダン型のタクシーが現れ、私はもう、逃げるように乗り込んだ。ホテルマンが運転手に、私達の代わりに笑顔で「ジャージョ!(そう聞こえた)」と行き先を告げた。運転手はホテルマンの声を聞いていたのか聞いていなかったのかわからないけど、「何とかかんとかエンジョイ?」と言って、一人でははははーと笑ったきり、何も言わなくなった。ひょっとして自分からも運転手に直接行き先を言ったほうがいいのかなあと思いつつも、再び「ワッ?」と怖い顔で言われるのが恐ろしくて、何も言えなかった。
しかし無事に到着。とりあえず一旦中に入ってバフェの位置を確かめようということになった。カジノを適当に横切って案内図を探し出し見てみると…おかしい。「BELLAGIO」のバフェは二階にあると聞いていたのに、二階の案内図自体がないのだ。もちろん案内図は全て英語。かろうじて「CASINO」の文字がカジノを指していることだけはわかった。しかしわかったところで、カジノ自体がデカ過ぎるために、自分達が案内図の中のカジノのどこの部分に立っているのか、ぜーんぜんわからない。特に私は徹底した方向音痴なのだ。初めての場所で迷わなかったことは、自慢じゃないけど一度もない。たいてい迷う。迷うことが前提の人生だ。しかし、母ならわかるはずだ。うちの母はしっかり者で自分のしっかり具合にも自信を持っているみたいだし、友達のお母さんと比べてもしっかりしている感じだし、ソフトボールのチームでは監督やったりしてたし、職場でも社長より信頼されていると常日頃からうんざりするほど自慢している。だから私は自分で案内図を見取るのをあきらめて、母に聞いてみることにした。「お母さんわかる?」「わからん」「わからんって、カジノはこれだよね。うちらどこにおるんだろう」「うーん」「二階にバフェあるって言っとったよね」「そうなの」「……」。
考えるように唇を尖らせているけど、なーんも考えていないのは明白だった。第一、案内図から離れて立ち、近づこうとしない。完全に私任せにしているのだ。母なら困った時にてきぱきと判断を下して、その場を切り抜けてくれるだろうと思っていた、私のあてが外れた瞬間だった。
見てもわからないものを見続けても仕方がないし、何だかムカムカしてきたので、私は適当に歩き出した。再びカジノの中へ迷い込む。とにかく来たほうへ行けばそこが入り口なわけだから、外へ出れば噴水ショーの場所へ行けるはずだった。とりあえずバフェはディナーの時間にもう一度探せばいい。
あてどなくカジノをぐるぐる回り、「こっちじゃないの」「え」「お母さんこっちから来たと思う」「ほんとに」「多分」「多分て何さ」「多分ほら、あそこ」「あれフロントじゃんか。フロントがあったってそこが正面玄関とは限らんよ!」「そう……」「もう、地図見てから言ってよ!」などと喧嘩しながら、知らない間に正面玄関まで辿り着く。せっかく親孝行のつもりで母を相手に選んだのに、どうしてはるばるこんなところまで来て喧嘩しなければいけないのかとウンザリしながら。
けれど外へ出てすぐ、大きな池のようなものを発見! 嫌な気分を忘れて「あれだっ」と張り切って駆け寄った。
噴水ショーは三十分に一回行われるはずだ。周辺にあまり人がいないので、私達はショーが終わったばかりなのだろうと思い、しばらく待つことにした。母は何も言わず横に立っている。中央には豪快な滝が流れ落ちる大きな山があって、周囲に存在する無数のヤシの木がなんともエキゾチック。あの滝が流れている山の頂上から噴水が噴出するのだろうか、だとしたらスゲーな、と私はわくわくした。
ところが何分待っても始まらない。人も集まってこない。それもそのはずだった。私達は全く違うホテルにいたのである。私達がいたのは「BELLAGIO」とは全然関係ない「THE
MIRAGE(ミラージュ)」というホテルで、名物は噴水ではなく、この山から人工の火が噴出す火山ショー。日没後にしか行われない。その時、まだ四時前だった。こんな明るい時間から日没後のショーを待ちわびているのは私達だけである。あの時ホテルマンが「ジャージョ!」と叫ぶのを、タクシー運転手が聞き間違えたのだ。いや、わかっている。ちゃんと自分の口で伝えなかった私が一番悪いことを。よく考えれば山から噴水が噴出するなんておかしいのだ。そんなの噴水じゃないし。しかし、ガイドブックを持っているだけで読もうともしない私達は気がつかない。三十分以上無駄な時間を過ごした挙句、母が「何か違うと思うんだけど」などと言い出し、「何が」「わからないけど。何か違う」「じゃあ、どこだよ噴水ショーはっ」と喧嘩になりかけたところで、私はまた歩き出した。
母は黙ってついてくる。だけどどこへ行っても噴水ショーなど見つからない。当たり前だ。水気を感じ、あ、あっちかも、と駆け寄ると、そこはただのプールだった。水着姿の人々が何故か少しだけ悲しそうな表情でぷかぷか浮かんでいた。この炎天下の中、確かに水の中は気持ちいいだろう。けれどこんなところまでやって来て、それでもプールがあったら入りたいと思う気持ちって、一体何なんだろうと思った。
そんなことを考えながらふらふらカジノ内を歩いているうちに、どんどん時間は過ぎ、私達の腹ペコ具合も限界に近づき始めた頃、奇跡的にも偶然バフェを発見した。二階では? という疑問は吹き飛んでいた。腹が減っていたのだ。
バフェには様々な国の料理があり、皿を持って歩いているだけで非常に楽しかった。日本のいわゆるバイキングというものに近いけど、やっぱり肉や魚の一切れ一切れがデカいし、デザートも、何と言うか非常にアメリカン。けれど私は歩き疲れたからか迷い疲れたからか、何だか脂っぽいものを食べる気にならず、食べなれた日本食や中華ばかりについ手が伸びてしまった。
ところがこれが間違いだった。酢豚やマーボ豆腐やほうれん草のお浸しを私は大量に皿に盛り、母にも「こんなのがあったよう」なんて自慢しながらそのほうれん草を口に放り込んだ瞬間、強烈な酸っぱさと野菜にはありえないじゅるじゅるとした食感が広がったのである。
それはワカメだった。
でも、どおおおおおお見たって見てくれはほうれん草のお浸しなのだ。ゴマまで丁寧に振りかけられている。確かに色は普通のほうれん草と比べ、異常なほど鮮やかだ。しかもなんか光ってる。でもちゃんとそれらしく葉と茎の部分に別れているし、これはもう、ワカメにほうれん草風の細工をしたとしか思えない。コックがお浸しをワカメで作ると勘違いしているのか、それとも知っていてわざとワカメを細工した確信犯なのか。
わからない。とにかく私は生のワカメが好きじゃない。
母を見ると「残すなよ」とでも言いたげな見下した表情をしている。ガイドブックに、バフェでは食べきれずに残すのはルール違反だと書いてあったらしく、母はそれだけはすまいとしきりに繰り返していたのだ。いかにも貧乏性の母らしい。とにかく私はワカメを出来るだけ噛まずに飲み込んだ。何だかそれで腹がいっぱいになってしまい、皿に盛った他の料理を食べきるのは苦行に近かった。
とにかく何とも先行き不安な初日であった。
ラスベガスは夜の街だ。一日目は時差ボケと長旅の疲れで夜は遊べなかったけど、二日目、初めて夜の街へ出てその景色を見た時は、ほえーと母と二人で感心してしまった。まさに映画で見た場面そのまま。くるくると目まぐるしく変わる華やかなネオンに、昼間とは全く違う趣の無料ショー。どのホテルもどうすれば一番人目を引くか、考えに考え考え抜き、考え過ぎてしまった結果、派手さにかけては世界にまたとない街になってしまったのか。よくもまあ、砂漠のまっ只中にこんなものを作るよなあ、とちょっとだけ呆れてしまうほど、何もかもが規格外って感じ。世界にここほど、ただエンターテイメントだけのために存在する街ってあるのだろうか。「PARIS
HOTEL & CASINO(パリス)」のエッフェル塔と凱旋門も、「LUXOR HOTEL & CASINO IN LAS VEGAS(ルクソール)」のスフィンクスとピラミッドも、映像で見るだけでもものすごくリアルでびっくりするけど、実際に見に行くとそれらの一つ一つが予想はるかにしのぐデカさであることにまず圧倒された。一つの通りに世界の有名建造物が並んで鎮座している様子を眺めていると、そこはかとなく漂う無意味さに、何だか心が真っ白になる。特に新フォーコーナーと呼ばれる交差点で、自由の女神とライオンのブロンズ像が睨み合っている様子は圧巻だ。テーマホテルブームの終焉期とも言われているラスベガスだけど、でもやっぱりこのスペシャルゴージャスかつ、ちょい馬鹿馬鹿しい景色があってこそ、楽しめるのだろう。
私は初日の失敗を繰り返さないためにも、二日目の夜は無料ショーの時間やホテルの並び順をしっかり頭に入れ、地図にきちんとメモまでしておいた。何だか最初に目標としていた「余裕のある行動」から随分と離れてしまったけど、短い時間の中、ショーは無料なのだし、出来るだけたくさん見ておかなければもったいないじゃないか。
二隻の海賊船を使った無料ショー「The
Sirens of TI」で有名な「TI(TREASURE ISLANDトレジャーアイランド)」は、そのテーマホテルブームの終焉を告げる象徴的な存在だ。2003年を境にそれまでの「宝島」というコンセプトを廃止し、ただ今、大人向けのゴージャスホテルとして再出発中。ショーももちろんリニューアル。荒くれ者の海賊達が撃ち合ったり切り合ったりするアクション満載のショーから、セクシーな女海賊がヘボい男海賊をダイナミックな歌と踊りでやっつける、大人のミュージカルショーに変身した。確かに演者のアクションこそ少ないけれど、歌も踊りもさすがアメリカンって感じで迫力あるし、火や水を使った演出はなかなかのものだった。男海賊船が大砲を放ち女海賊船の一部が爆発した時、わりと遠くから見ていた私にすら、ぼううううっと炎の熱気が伝わったほどだ。時間は約二十分間。あそこまで特殊効果をケチらずにやって無料とは、恐るべしラスベガス。
その後私達は順調に有名な無料ショーを鑑賞していく。街にもホテル内のショッピング街にも人が溢れ、ストリップ内であればどんな時間帯でも女一人で歩いて平気と言われるのが納得出来る。でも一人で闊歩している人はあまり、というかほとんど見ない。
カジノではさすがに見かけないけど、一歩カジノから外へ出ると、やたらと小さな子供を連れた家族に出会う。小さな、といっても歩いていればいいほうで、すれ違いざまにベビーカーをこっそり覗いてみると、ちっちゃなちっちゃな赤ちゃんが眠っていたりして、ちょっとどきっとする。それが昼間だけでなく、深夜十二時近い時刻でも普通に見かけるのだ。確かにラスベガスは子供でも遊べるところはいっぱいあるけどさー。乳児にはここの楽しさなんてわからないから、赤ちゃんを楽しませるために来ているとは考えられない。まあベビーカーさえあれば一応どこでも眠らせることが出来るし、寝てくれれば傍にいながらでも大人は自由に出来るんだから、かえって歩き出した子よりも親は楽なのかな、なんて母と話していた。でも重たくてかさばるベビーカーをごろごろ引きながら、それでもラスベガスの夜を楽しみたい気持ちって何だろう。日常を引きずりながら、非日常へのトリップ。
まあ私達は何も引きずるものはないのでどっぷりこの不思議な都市を楽しめる。ひとしきり無料ショーを堪能した後は、せっかくだからカジノへ行っちゃおうと盛り上がった。
ちなみにラスベガスへ招待して頂いてこんなこと書くのは本当に恐縮だけど、母も私もギャンブルが好きじゃない。まあそれにはいろいろな事情があるので触れないで頂きたいわけだけど、要するにラスベガスという場所自体、私達には一生無縁のはずだったのだ。しかーし、この機会、カジノに足を踏み入れたのに、ただぶらぶらするだけでは何とももったいない話だ。もったいないともったいないと貧乏臭くてちょっと情けない気もするけど、先が見通せないほどの広大なカジノフロアで、ラフな格好に似合わない真剣な眼でディーラーの手元を睨み付けるギャンブラー達を見てしまったら、未成年でもない限り仲間に加わってみたいと思うのは当然だろう。
とりあえず「WYNN LAS VEGAS」に戻り、手始めにスロットマシンから。「慣れてきたらルーレットやってみたいねえ」、なんて話しながら、手頃なマシンを探す。スロットマシンは投入するコインの単価がいろいろあって、25セントや1ドルのものが結構多い。まずは25セントのものから気楽に始めてみたものの、あっという間にすってしまった。てゆーか、やり方よくわからない。ボタンがいっぱいあるし、このレバーはなんだ? プログレッシブって何? どうして隣のオバさんはじゃんじゃんばらばらと出てるのに、私はだめ? いやいや、たった一度でコツがつかめるわけがない。もう一度、1ドル札を入れてみる。あっという間に終了。横を見ると、既に母は手を膝に置き、つまらなさそうに口を尖らせていた。「やらんの?」「これつまらん」「なんでよ。これがスロットマシンだよ」「だってこれ機械まかせだもん。つまらん。自分で出来ん」「自分で?」「自分で操作して勝ちたい」。どうも母は自分で玉の流れを操作出来るパチンコと比較して言っているらしい。ボタンを適当に押すだけで、機械が全て当たり外れを決めるスロットでは納得出来ないのだ。うーん、わかるけど。そして私がなおも1ドル札を入れようとすると、「ねえ、1ドルって百円ぐらいでしょ」などと言う。そうだけど、そうだけど。確かに私はものすごいスピードで百円を溝に放っている。「もうちょっと安いのから始めたら?」。仕方がないので立ち上がり、あちこち探し回る。そしてなんと、1セントのマシン発見! 1セント! それってもうゲーセンじゃん! 私達は大喜びでマシンの前に座った。しかしスロットではなく、何故かビンゴゲーム。1ドルを入れると100ポイント(ぐらい。うろ覚え)もらえて、何倍に設定するか、当たりの線を何本にし、どの位置に入れるか、などによって一回一回に使うポイントが変わる。えービンコぉー、と最初はちょっと不満だったけど、これが実はちょっと楽しい(母は相変わらず、自分で操作出来ないとむっつり)。しかーし。一時はポイントが倍になったりして、あ、いけるなんて思ったけど、気がつけば負けていた。でも1ドル入れただけで結構遊べるではないか。さっきのスロットなんて三、四回押しただけで終わっていたのだ。と、言うわけで、楽しくてどんどん札を投入。そして負けの繰り返し。「ねえ、いくら使ってるの」「え、そんな、わかんない」。財布を見ると、たっぷりあったはずの1ドル札がゼロ枚。……いつの間に! 母はもう完全に白けきった顔をしている。深夜一時を回っていた。どちらともなく立ち上がり、各テーブルゲームを覗き見しつつ、部屋に引き上げたのだった。
風呂に入った後、次の日の準備をしながら、何やら母が計算している。「何してるの」「明日のお金、用意してる」「ふうん」「お姉ちゃん(母は私をこう呼ぶ)いくら使ったの」「えー、うーん、昨日と今日で二万くらい」「そんなに使ったの!」ああ、どうして母はこうなのだ。相変わらずのケチケチ星のケチケチ星人ぶり。私があちこちで化粧品やおもちゃのアクセサリーなどこちょこちょ買っている横で、商品を手に取るだけでほとんど買い物していなかった。そのうえカジノでも遊ばずにこのセリフ。貯金しなさい、が口癖の人。「もう、今回旅行タダなんだで! 贅沢しなよ」「そうだけどねえ」。
それでも。明かりを消してベッドに入ると、途端に不安になる自分がいた。今日カジノでいくら使っただろう。1ドル百円として、二千円以上か……。その上使うのか使わないのかわからないリップグロスとかボディクリームとか買ったし、ミネラルウォーターばっかり買ってるし、あー無駄使い。賢く買い物してたら、一体いくらの節約になったのか。
そんなことをぐるぐるぐるぐる考えているうちに眠った。恐るべき、貧乏性DNA。
朝方、一度目を覚ました。時計は見ていない。夜が明けそうな、その予感だけが漂う、真っ黒な空。でも、眠る前に見た時より少しだけ、ネオンの数が少ない気がした。ラスベガスも眠るのだ。
さて、ラスベガスから帰る飛行機の中で、母と私が「あれはすごかった」「すごかったねえ」「だってもう、すごいよ、あれ」「ほんと、すごくてすごくて」としきりにそのすごさを語り合っていたのは、カジノでもどこかの無料ショーでも絶叫アトラクションでもなく、宿泊した「WYNN
LAS VEGAS」のショー「ル・レーブ」だ。
実を言うと、劇場に入るまでは、私も母もこの「ル・レーブ」にあまり期待はしていなかった。地方のテーマパークによくある、テーブル席に座ってドリンク飲みながら見るような、ディナーショー形式のものだろうと決めつけていたのだ。つまり、この「ル・レーブ」についても何の下調べもしていなかった。
ホテルの劇場へ向かう途中、時差ボケで眠気もピーク中のピーク、まず間違いなく居眠りすると思っていた。ところが、劇場に近づくにつれて、自分たちの予想が間違っていたことに気がつく。あれー、チケット売り場とか、入り口の雰囲気とか、ちょっと大げさな感じじゃない? あら? と恐る恐る歩き、ステージを見下ろす場所まで来た時、二人同時に「あへ〜」と情けないため息をついてしまった。広大なカジノフロアやショッピング街だけでなく、こんなにゴージャスなステージがホテルの奥に隠されていたとは。円形ステージがどどーんと中央に位置する劇場は、一瞬おや、狭いかな? なんて思えるけどいやいや、席数を数えてみると半端じゃないキャパシティ!(後で調べてみたら席数は2087席だった。)見上げると天井がおっそろしいほど高く、しかもステージはプールにもなっているようだ。シートはふかふかで座り心地抜群。始まる前から二人で「すごいねえ」と恐縮しまくった。
驚いたのは何も劇場の造りだけではない。「ル・レーブ」はフランス語で夢の意味。その名の通り、神秘的で不思議な雰囲気の中で繰り広げられるアクロバットショーは、地方のテーマパークのショーなど、お漏らししながら逃げてしまいそうなほどの面白さ。水中ではピンヒールを履いたダンサーがにょきにょき出てきて、華麗にシンクロナイズドスイミング。空中では何人ものダンサーが片手一本でロープに捕まり、ぐるんぐるん回転しながら降りては昇っていく。ステージ上では筋肉むきむき男が別の筋肉むきむき男の肩に乗り上がった後、ぶりんぶりん体をひねって水中にダイブ! で、何より不思議なのがその円形ステージ。どうも細かく分割されているらしく、それをスライドさせることによって、プールが深くなったり浅くなったり、プール自体が隠されたりしているようなのだけど、見ているとその変化がものすごく目まぐるしい。高い位置からダンサーが勢いよく頭から飛び込み、えっ床にぶつかっちゃうううっ、と思った瞬間、いつの間にかプールが現れてぶくぶくぶくぶくーと水の中に潜って行ったり、浅いプールでダンサーがぴちゃぴちゃ暴れていたかと思えば、その横から突然女の人の足が何本も現れてシンクロが始まったりと、ステージの状態がどうなっているのかわからないのだ。
構成もかなり考え抜かれていて、ぐわーっと盛り上がりクライマックスを迎えたかと思うと、ふっと誰もいなくなり、代わりにマジシャンや相撲取りや変なことばかりする四人の天使みたいな人達が出てきて、コミカルな動きで笑わせてくれる。はあっと息抜き出来るのだ。で、またいつの間にか舞台がシリアスな雰囲気に包まれて、華麗なアクロバットが始まる。大クライマックスに向けてシリアスとコミカルが何度も入れ替わり、最後は円形ステージから零れ落ちそうなほどダンサーが一気に集結して、不思議な人間オブジェを作り出していた。
セリフもなければ歌もうたわない。ステージの天井からまっすぐに大きな球体が降りてきて、男の子(?)の顔が映し出される、という何やら意味ありげな導入から、最後のダンサー大集合までじっくり見たけど、正直、観客に何を伝えたかったのかよくわからなかった。どんな話なのかと聞かれても、どうにも説明しようがない。見えないストーリーがあって、それに沿って「物語」に近い別の何かが進行しているような、そんな感じ。はい、これは夢でした、と言われても「はあ、そうかも」とつい思ってしまうような、そんな不思議な空間と演出。
ラストに観客からの盛大な拍手が劇場に鳴り響くと、それまでは控えめだった照明が目いっぱい明るくなり、その丸いステージもはっきり見えるようになった。それでも、やっぱり仕組みがよくわからない。
始まる前までは今にもこっくりこっくり眠り出しそうだった母も、ただただため息をついてショーに飲み込まれていた。
いやー楽しかった。あーんだけ眠たかったのにほーんとに眠かったのに、見終わったら神経がびんびん尖るような感じ。母もすごいすごいと連呼しまくり。あの時間、確かに母も私も、お金のこととか買い物してないこととか見ていないスポットがあって口惜しいこととか、きっと忘れていた。
始まる前は、「終わったらすぐ寝るー」なんてぶつくさ言っていたのに、劇場を出るとどうしてか目も頭も冴えてしまった。部屋に戻るとすぐに風呂に入った母を置いて、私は一人で下へ降りた。特に目的もなくカジノをうろつくと、昼間ホテルから出かける時に見た、ビーサンに短パン姿でルーレットをやっていた白人のおばさんが、同じ格好のまま、ビールを飲みながらブラックジャックをやっていた。短パンがグレープフルーツみたいにまっ黄色だったのを覚えている。
何日か滞在して気がついたのだけど、ラスベガスには結構こういう人が多い。こういう人、というのはつまり、外へ出てショッピングしたりショーを楽しんだりせず、ただひたすらカジノに入り浸っている人のことだ。確かに、どのホテルも出来るだけ宿泊客が部屋にいる時間を少なくするために、いろいろと工夫しているようだし、ここはそもそもカジノの街なのだから、そんな人が多くてもおかしくない。ひょっとしてラスベガスを訪れるほとんどの人が、こういう時間を過ごしているのかも知れない。年に何度かのラスベガス旅行をずっと楽しみにしながら日々を暮らし、その時が来たらめいっぱいギャンブルしまくる。あの短パンのおばさんもそうなのだろうか。それにしては何だか、沈んだ顔で手元のカードを睨み付けていたけれど。もしここで大金をすったら、家に帰って後悔するのかな。もし大勝ちしたら、あれを買おう何をしようと考えてほくそ笑むのか。そんなことを考えながら歩いていたら、昼間歩き過ぎて靴ずれした箇所が痛み出したので、部屋に戻った。
部屋の窓からは、ストリップ(ラスベガス大通り)の裏側が見える。闇に沈んだホテルのゴルフ場の向こうに、小さな明かりの集団があった。一人でぼうっと見ていると、とっくに寝ていると思っていた母がぼそっと、「遠くのほうに見えるのって、ラスベガスの住宅街かな」と言った。
年中乾燥した場所で暮らすなんて大変だなあ、なんて一瞬思ったけど、そんなこと大きなお世話だろう。
どんなに摩訶不思議な土地でも、そこで暮らす人々がいるからこそ、人々は楽しく快適で、少しだけ切羽詰った、でも失敗をしても許される旅をすることが出来る。日常を忘れることって、なかなか難しい。
南 綾子(みなみ・あやこ)
1981年1月19日生れ。24歳。名古屋市出身。鎌倉市在住。フリーター。趣味は家の近所を散歩すること、映画鑑賞、読書。今一番やりたいことは引越し。
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